山井梨沙経歴「不登校もオリジナリティ」父親の姿で改心の高校時代


株式会社スノーピークの山井梨沙社長(34)の辞任が発表されました。辞任理由は既婚男性との間に子供を身ごもったという衝撃的な内容です。

スノーピーク山井梨沙社長の経歴生い立ち、キーパーソンとなる父親の関係性、タトゥーについてまとめました。

山井梨沙経歴生い立ち「小学生で不登校」

スノーピーク山井梨沙社長は過去インタビューで「私は義務教育をまともに受けていないんです」と小学校や中学校の時に不登校だったことを明かしています。

小学2年生の時、同級生の男の子からいたずらをされ傷つき、「やめて」と言ったが、いたずらは止まなかった。勇気を振り絞って担任の教師に訴えると、「あら、そんなことされちゃったの」と軽くあしらわれて終わった。

引用:businessinsider

山井梨沙さんは新潟県出身ですが、どこの小学校に通っていたのかは明らかにしていません。

小学校二年生の時に男子からいたずらされた山井梨沙さん。小学生男子って好きな女の子にちょっかい出したりするので、いたずらした男子は山井梨沙さんに好意をもっていたのかもしれません。

しかし男子のいたずらに傷ついた山井梨沙さんは勇気をもって先生に訴えたものの軽くあしらわれてしまし、ダブルで傷ついてしまいます。

先生も男子が山井梨沙さんにちょっかいを出していたくらいに簡単に考えていたのかもしれません。しかし小学二年生の幼い心は深く傷ついたのです。

さらに小学生の時からキャンプに慣れ下んでいた山井梨沙さん。キャンプは自然の中で過ごすので危険とは隣り合わせ。常日頃触れ合う大人は小学生の自分でも一人の人間として対等に扱ってくれている。

こういったギャップも重なり先生の不信感が募ってしまった山井梨沙さんは不登校になりました。

山井梨沙経歴生い立ち「不登校も陸上地区大会で優勝」

山井梨沙さんは小学校から不登校になりましたが、自宅での勉強はしっかり続けていました。中学校になっても学校に通学できない日々が続きました。

中学では反抗期も重なって、引き続き授業には行かない日々。ただし、走るのは得意で陸上部に所属し、地区大会で優勝。メインストリートは歩けなくても、自分なりに生きる道を常に探していた。

引用:businessinsider

山井梨沙さんがどこの中学校に入学したか分かっていませんが、不登校でも陸上部には所属。地区大会で優勝するくらいなので日々練習を積み重ねていたことが分かります。

学校には行かずとも自宅学習や運動は欠かさなかっ山井梨沙さん。これは山井梨沙さん両親の教育方針のたまものなのです。

『オリジナルを目指していい』

『オリジナルを目指していい』という両親のお教えは、個性を伸ばしていけという両親の叱咤激励。学校に行かず何もせず腐っていくのではなく、自宅にいても勉強や運動を欠かさなかった山井梨沙さんの行動から、両親の教えをまっすぐに受け取っている素直な性格であることが想像できます。

しかし日本では「出る杭は打たれる」ように何かに突出しているひとは煙たがれるのも事実。山井梨沙さんも周りに流されたら楽だけれどできない。妥協できない。と自身の不器用さを嘆いています。

山井梨沙高校は「新潟清心女子」父親の涙で改心

山井梨沙さんは新潟市の新潟清心女子高等学校に進学しています。高校に進学したものの学校に行かない日々が続いていました。山井梨沙さんの興味は洋楽のハードロック、学校よりライブハウスに通う日が多くなっていました。

「退学したい」と三者面談で打ち明けた山井梨沙さん。隣に座っていた父親の山井太さんは教師に頭を下げて次のように語りました。

「先生方のご指導も聞かず、主張の強い子でご迷惑をおかけしました。でも、一人の人間として、この子の個性を認めてほしかったです」

引用:businessinsider

学校に通わず先生の指導を受け入れなかった娘の行動に対する謝罪。そして「娘の個性を認めてほしかった」と親としての切実な思いを吐露したのです。

山井太さんの娘の行いに対する謝罪を先にしたうえで、親としての要望を伝える姿がさすがのお人柄だなと他人ながら感心してしまいます。

父親の姿に涙が止まらなかった山井梨沙。絶対的に自分を信じてくれる親の姿をありありと見せつけられて少しずつ心を入れ替えていくのです。

学校側も姿勢を変えたことで、山井梨沙さんも学校に通うことを決意。自分なりに学校から何かを学ぼうと授業に出席して、学級委員を任せられるまでに変化していきました。

自分の信念を曲げることが出来ずに、周りに流されることが出来ない不器用なところがあるものの、自分がこれだと強く思ったことには突き進む性格が表れています。

山井梨沙経歴「大学は文化女子大学(現:文化学園大学」

山井梨沙さんは高校卒業後に上京して文化学園大学(当時は文化女子大学)へ進学しています。洋裁が得意だった母親の多香子さん。

既製の子ども服のデザインは好まず、山井梨沙さんが幼い頃には黒のベルベッドワンピースを自ら作って着せていたと言います。山井梨沙さんのファッション好きは母親の影響を少なからず受けていたに違いありません。

さらに山井梨沙さんはファッションを深く学びなおすために、文化学園大学院に進学。自分の決めた道を突き進む性格であるのは間違いなさそうです。

山井梨沙就職先は有名アパレル会社「葛藤と違和感で退社」

文化学園大学院を修了後、パリコレ常連の有名なアパレル会社にデザイナーアシスタントして入社した山井梨沙さん。入社した山井梨沙さんはモノづくりの現場で様々は葛藤で苦しんでいました。

会社なので利益を上げなければいけない。その為には無理やりでもブームを作ったりセールを前提とした価格決定をしたり、環境に優しくない生産構造があったり。山井梨沙さんは誰のために商品を作っているんだろうと自分の仕事にも疑問を感じ始めます。

何より違和感があったのは、ものづくりの現場にどうしても本質的に重要な何かが欠けていると感じたことだった。

幼い頃から父のそばで見てきたスノーピークのものづくりでは、アウトドアを愛する仲間たちが、自然と共生するために必要な道具を膝を突き合わせて考え、お互いの考えを尊重しながら形にしていく姿があった。

そして、そのものづくりの先には明確にユーザーの笑顔や、その笑顔が社会をよりよくする希望が見えていた。

引用:businessinsider

生まれたころから傍で見てきた父親・山井太さん経営するスノーピークの会社理念が身に沁みついてことがわかる山井梨沙さんのエピソード。

ファッションの世界に身を投じた山井梨沙さんにとって、父親の会社『スノーピーク』で働くことは人生計画にありませんでした。

しかし悩んだ挙句父親に相談すると「ここだからできるファッションに挑戦してみてもいいんじゃないか」と快諾。山井梨沙さんの人生において父親の存在がキーポイントになっていることは間違いありません。

スノーピークの創業一族ということで高学歴で順風満帆な人生を送ってきたかと思われた山井梨沙さん。ところが実は紆余曲折の人生を得てスノーピーク社長就任でした。

山井梨沙タトゥー「汝の隣人を自分のように愛せ」

山井梨沙さんの体にはいくつものタトゥーが入っています。

既婚者との交際でスノーピーク社長を辞任した山井梨沙さんのタトゥーの文字の意味、ヘブライ語で「隣人を自分のように愛する」のようです。無事解決しましたのでご報告します。

タトゥーのひとつはヘブライ語で「隣人を自分のように愛する」という意味。人類愛は大切なことですが既婚男性を愛するのはやめておけば良かったのかもしれません。


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